1964年の東京オリンピックでは、女子チームが世界中から”東洋の魔女”と賞賛されました。

バレーボールの歴史

ワールドカップで人気のバレーボールですが、その起源や歴史について知らない方も大勢いるここと思います。
ルールも少しずつ変化していっています。
ここでは、そんなバレーボールの歴史について記載しています。

 

 

バレーボールが出来た訳

バレーボールは、1896年に男性より体力の無い女性や子供が楽しめるスポーツをとアメリカのキリスト教青年教会(YMCA)に所属する「ウィリアム・G・モーガン」という人が作りました。
テニスをヒントに作られたため最初に作られたルールは、「打ってきたボールを落としてしまったら負け」というごく単純なもので、名前は「ミントネット」というものでした。

 

その後、「ハルステッド」という人が「バレー・ボール」呼び名を改めたのをきっかけに、1952年に今の「バレーボール」という呼び名になりました。
バレーボールはYMCAを通じてアメリカ全土に広がって行き、他国へも徐々に広がっていきました。

 

 

バレーボールが国際的なスポーツになった

1947年に国際バレーボール連盟(FIVB)が組織され、それまで各地でバラバラだったルールを統一するべく国際ルールを作り上げ、現在のものとあまり変わりの無いルールが制定されました。
1964年の東京オリンピックからバレーボールが正式種目に加わり、ルールも観客が見て楽しめるものに改正されていきました。

 

 

日本でのバレーボールの歴史

日本にバレーボールが伝わったのは、1913年YMCAの「F・Hブラウン」によるものでした。
その頃はまだルールが正式に決まっていなかったため、日本では当初1チーム16人で行われていました。
その後、国際バレーボール連盟(FIVB)により6人制の国際ルールが制定され、日本も1951年にFIVBに加入するのですが、日本では当時9人制ルールが一般的だったため、今現在も9人制のルールが「ママさんバレー」などに残っています。

 

東京オリンピックでは、女子チームが「回転レシーブ」などの技を編み出し見事優勝し、世界中から「東洋の魔女」と賞賛されました。
1972年のミュンヘンオリンピックでは男子チームが「時間差攻撃」の技で優勝し、この頃から「バレーボールは日本のお家芸」と呼ばれるようになり、今日のバレーボールの人気につながっています。